イエス・キリストに従う

イエス・キリストとは,どのような御方なのでしょうか?イエスは世の救い主です。主に従うとき,人生にさらなる平安と幸福を見いだすことができます。

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イエスのおかげで可能になったこと。
2:45
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イエスは神の御子です。

わたしたちの天の御父はその御子イエス・キリストを遣わされました。この地上に住むことになるすべての人の罪のために苦しみ,わたしたちが赦しを得られるようにするためです。その神性と完全な生涯ゆえに,イエスはわたしたちの身代わりとなって犠牲を払うことが可能でした。

イエスはわたしたち皆にとって偉大なる教師であり僕でしたが,それをはるかに超えた存在でした。主が使徒ペテロに「あなたがたはわたしをだれと言うか」と尋ねられたとき,ペテロはこう答えました。「あなたこそ,生ける神の子キリストです。」(マタイ16:15-16)

イエスはわたしたちが従うための完全な模範を示されました。

イエスは完全な生涯を送られ,天の御父のもとへ帰る道を示されました。イエスは罪を犯したことがありませんでしたが,神への従順を示すためにバプテスマを受けられ,すべての人にとってバプテスマが必要であることを教えられました。

バプテスマを受ける方法を知る

イエスは愛の完全な模範でもあります。地上での生涯において,主は貧しい人々を心にかけ,目の見えない人を癒し(ヨハネ9:1-7参照),幼い子供たちを迎え入れ(マタイ19:13-14参照),御自分を十字架につけた人々をも赦されました。その限りない愛は,求めるすべての人に与えられるものです。

イエスはどのように生き,人々と接するべきかを教えられた

ほんの12歳にして,イエスは宮の中で教師たちに教えているところを見つけられました(ルカ2:46参照)。人々はイエスの賢さに驚きました。そうしてイエスは,いまだかつてない最も偉大な教師となりました。主は重要な教訓を教えるうえで,しばしばたとえや物語を使われました。そうしたたとえは,一般の人々が日常で経験する状況に即しており,人々にとって理解しやすいものでした。主の教えは今なおわたしたちの心に響き,主に従い,人々に奉仕しようという気持ちにさせてくれます。

 

イエスの教え

ぶどう園の労働者たち

イエスは,すべての忠実な人々は,それぞれがどのくらいの期間忠実であったかにかかわらず,天で平等の報いを受けると言いました(マタイ20:1-16参照)。

人を赦すことができない弟子

イエスは「わたしがあわれんでやったように,あの仲間をあわれんでやるべきではなかったか。」(マタイ18:23-25参照)と尋ね,赦しについての重要な教訓をわたしたちに教えました。

良きサマリヤ人

隣人を愛するべきだとイエスは言いました。良きサマリヤ人のたとえは,わたしたちの隣人とは,見知らぬ人や敵を含むすべての人だと教えています(ルカ10:25-37参照)。

放蕩息子

その人が何をしたかにかかわらず,キリストに心を向けるすべての人は主に愛され受け入れられるのです。(ルカ15:11-32参照)

Restart
失われた羊

わたしたちが迷ったり孤独を感じたりするときに主に心を向けると,イエスはわたしたちを歓迎するだけでなく,羊飼いが「わたしと一緒に喜んでください」と言ったように喜んでくれます。(ルカ15:1-6参照)

モルモン書においても,救い主の力強い教えが記されています。古代アメリカ大陸を訪れた主は,祈る方法や謙遜になる方法,家族への接し方を教えられました

イエスの教えをモルモン書で読む

イエスはわたしたちの罪のために苦しみ,亡くなられた

イエスが地上に来られた目的は,わたしたちを罪から救うことでした。主は進んで,わたしたちの過ちの代価を支払うために苦しみ,御自身を犠牲としてささげられました。わたしたちが悔い改め,赦しを受けられるようにするためです。

ゲツセマネの園において,イエスは人類が知り得るすべての罪と苦痛の重さを経験されました。この地上に生きたすべての人ために苦しまれ,主のあらゆる毛穴からは血がしたたり落ちました(ルカ22:44参照)。主は捕らえられ,唾をかけられ,鞭打たれ,最後に十字架につけられたのです。イエスは御自分の民によって殺されながらも,彼らに憐れみをかけてくださるよう神に請われたのです(ルカ23:34参照)。

生活を送る中で,わたしたちは皆間違いを犯し,後悔することがあるでしょう。それでも,天の御父に赦しを求めて祈り,より良くなろうと努力するならば,わたしたちは再び清くなることができます。わたしたちは皆,救い主であり贖い主であるイエス・キリストの偉大な愛に対して負債があるのです。

イエスが復活されたので,わたしたちも再び生きることができる

死の3日後,イエスは墓からよみがえり,友人や信者の多くに姿を現されました。主は復活した最初の人です。復活とは,死後に主の霊が,完全になった肉体と再び一つとなったという意味です。イエスが死に打ち勝たれたので,わたしたちもいつか復活することができます。

一緒に救い主を礼拝しませんか

よくある質問

「モルモン」,もう少し丁寧に呼ぶならば「末日聖徒イエス・キリスト教会」の会員については,多くの質問があることでしょう。

はい!イエスはわたしたちの信仰の土台です。実際,わたしたちは教会を正式名称の「末日聖徒イエス・キリスト教会」と呼んでほしいと思っています。この名は,イエスに敬意を示すものです。また,わたしたちがイエス・キリストに従っていること,この教会が主御自身の教会であることを人々に知らせるものでもあります。 モルモン書にはこう書かれています。「わたしたちはキリストのことを話し,キリストのことを喜び,キリストのことを説教し,キリストのことを預言し,また,どこに罪の赦しを求めればよいかを,わたしたちの子孫に知らせるために,自分たちの預言したことを書き記すのである。」(2ニーファイ25:26)

復活とは,死後に霊と肉体が一つとなり,再び別れることはないという意味です。イエスは十字架にかけられた3日後に死からよみがえられ,復活されました。主は今日も生きておられ,わたしたちも復活して神とともに再び住むことができるのです。

イエス・キリストの再臨がいつであるかを知っている人はいませんが,主が再び来られるということは知っています。天の使いはイエスの使徒たちにこう宣言しました。「あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは,天に上って行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で,またおいでになるであろう。」(使徒1:11)聖書とモルモン書には,戦争や飢饉,あらゆる国々へイエス・キリストの福音が宣べ伝えられることなど,再臨に先駆けて起こるしるしについて書かれています。

聖書において,イエスは200近い名称や肩書,表現で記されています。そうした肩書の多くは,主の偉大さや使命を見事に捉えています。以下はその例です。

キリスト

救い主

贖い主

神の御子

エホバ

神の子羊

命のパン

助言者

インマヌエル

世の光

先生

仲保者

生ける水

平和の君

弁護者

メシヤ

イスラエルの聖者

独り子

良い羊飼い

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教会はどのようなものですか?

教会は混沌とした日常生活からの避け所であり,神を礼拝し,隣人を愛することに心を向ける時間です。

モルモン書とは何ですか?

モルモン書はイエス・キリストについてのもう一つの証です。

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神殿は聖なる礼拝の場所であり,神に近づく場所です。
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